暑い夏のある日にお笑い芸人になった理由を思い出した。

山本

こんにちは。エンドライン株式会社のCEO山本啓一(K-1)です。

 

今年の夏、重大な事を思い出しました。

ちょっとお話ししますね。

 

私は年に数回人生を振り返るようにしています。

生まれて今までの感情を掘りおこし、気付きを得るようにしています。

 

今年の事ですが、暑い夏のある日にすごく重要な事を思い出しました。

 

「お笑い芸人になった理由」を思い出したのです。

 

山本

 

今までインタビューやメディア記事などで

「なぜ芸人なったのですか?」とよく聞かれていました。

 

私は

「あまり働きたくなく俳優や音楽やいろいろ考えて

一番経験値が必要そうでないお笑いを選択しました」

と答えてました。

 

 

これはこれで間違いはないのですが、もっと深い理由があったのです。

ジョハリの窓で言う「自分も他者もまだ知らない自己の「未知の窓」(unknown)」ですね。

※ジョハリの窓はこちらをご覧ください

 

山本

 

私は小学校4年生の時、同級生の男子3名にいじめられていた時期がありました。

 

 

いじめと言っても今の様な陰湿なものではなく、

ランドセルを引っ張られたり、いろいろ文句を言われたりという類のものです。

※ちなみに今でもいじめのニュースには敏感で異常に反応してしまいます。

 

 

 

当時の私は深く傷ついていて、

土曜日の午前中の授業が終わるのが待ち遠しく1週間を過ごしていました。

 

ほぼ毎日泣きながら家に帰っていて、

母親は「学校に連絡しようか?」と言ってくれましたが

「余計ひどくなるから連絡せんで」と私は言いました。

 

いじめられっ子がいじめっ子にやり返すという事は現実は難しく、

既に心が防衛反応を越しているので全く持って戦えません。

 

そうこうしているうちに夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬がやってきて年が明けました。

もちろんいじめは続いています。

 

 

 

進級すればクラス替えになるので、それを心待ちにする日々。

「あと2か月半くらいだな」と指折り数える夜を過ごしました。

 

 

そんな中、2月のとある日にいじめっ子3人が私の机にやってきました。

彼らは私に文句を言うでもなくじ~っとこちらを見ていました。

 

いつもと違う雰囲気だったので気持ち悪かったですが、

とりあえずその場をやり過ごそうと思い、目を合わせず教科書を片付けていました。

 

すると、一番ボスの子が口を開き

「おい、山本。なんかお前面白い事やってみろ!」と言ってきました。

 

当時の私はとても内気で、出欠の返事も出来ないくらい人前で話すことができない子でした。

 

私は凄く困ってしまいかなりモジモジしていたところ、

追い打ちをかけるように彼らは「早くやれよ」と言ってきました。

 

どうしようかと困っていたところ、もう何かやってやれ!と変に切れました。

 

そこからの記憶があまりないのですが、

私はめちゃくちゃ叫んで何かしたような気がします。

(緊張か、やけっぱちか分からないですが記憶が定かではありません)

 

それを見たいじめっ子たちは「お前面白いな!」と言って

いきなり肩を組んできて笑顔で接してきました。

 

その辺りが現代のいじめっ子とは違うところである意味漢気があるというか(笑)

 

その態度の変わりようにびっくりはしましたが、その後彼らと仲良くなりました。

 

結局翌日からいじめもなくなり、普通の学校生活を送る事が出来たのです。

その記憶が定かではない一発芸らしきものが、自分を救ったことを思い出しました。

私がお笑いをしようと思ったのも、

深層心理で「笑いは人をhappyに出来る」と思っていた事に気づきました。

 

一つの行動で周囲が一気に変わるというのもこの時初めて経験しました。

 

暑い夏のある日にお笑い芸人になった理由を思い出した話でした。

 

私が次「記憶が定かではない一発芸」をするときは会社の倒産危機が来たと思ってください。

 

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